후리가나로 읽는 일본 고전
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きょうしゅうのしじん よさぶそん
郷愁の詩人 与謝蕪村
萩原 朔太郎
萩原 朔太郎의 郷愁の詩人 与謝蕪村(きょうしゅうのしじん よさぶそん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 39,038자 · 78화면
「春宵怨」とも言うべき、こうしたエロチカル・センチメントを歌うことで、芭蕉は全く無為であり、末流俳句は卑俗な厭味に低落している。独り蕪村がこの点で独歩であり、多くの秀れた句を書いているのは、彼の気質が若々しく、枯淡や洒脱を本領とする一般俳人の中にあって、範疇を逸する青春性を持っていたのと、かつ卑俗に堕さない精神のロマネスクとを品性に支持していたためである。次にその類想の秀句二、三を掲出しよう。
春雨や同車の君がさざめ言
筋かひにふとん敷たり宵の春
誰が為の低き枕ぞ春の暮
春の夜に尊き御所を守る身かな
注意すべきは、これらの句(最後の一句は少し別の情趣であるが)を見ても解る如く、蕪村のエロチック・センチメントが、すべてみな主観の内景する表象であって、現実の恋愛実感でないことである。この事は、彼の孤独な伝記に照して見ても肯けるし、前に評釈した「白梅や誰が昔より垣の外」や「妹が垣根三味線草の花咲きぬ」やを見ても、一層明瞭に理解され得るところであろう。彼のこうした俳句は、現実の恋の実感でなくして、要するに彼のフィロソヒイとセンチメントが、永遠に思慕し郷愁したところの、青春の日の悩みを包む感傷であり、心の求める実在の家郷への、リリックな咏嘆であったのである。