후리가나로 읽는 일본 고전
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きょうしゅうのしじん よさぶそん
郷愁の詩人 与謝蕪村
萩原 朔太郎
萩原 朔太郎의 郷愁の詩人 与謝蕪村(きょうしゅうのしじん よさぶそん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 39,038자 · 78화면
百姓の生きて働く暑さ哉
この句から感ずるものは、各自に小さな家に住んで、それぞれの生活を悩んだり楽しんだりしているところの、人間生活への或るいじらしい愛と、何かの或る物床しい、淡い縹渺とした抒情味である。
百姓の生きて働く暑さ哉
「生きて働く」という言葉が、如何にも肉体的に酷烈で、炎熱の下に喘ぐような響を持っている。こうした俳句は写生でなく、心象の想念を主調にして表象したものと見る方が好い。したがって「百姓」という言葉は、実景の人物を限定しないで、一般に広く、単に漠然たる「人」即ち「人間一般」というほどの、無限定の意味でぼんやりと解すべきである。つまり言えばこの句において、蕪村は「人間一般」を「百姓」のイメージにおいて見ているので、読者の側から鑑賞すれば、百姓のヴィジョンの中に、人間一般の姿を想念すれば好いのである。もしそうでなく、単なる実景の写生とすれば、句の詩境が限定されて、平面的のものになってしまうし、かつ「生きて働く」という言葉の主観性が、実感的に強く響いて来ない。ついでに言うが、一般に言って写生の句は、即興詩や座興歌と同じく、芸術として軽い境地のものである。正岡子規以来、多くの俳人や歌人たちは伝統的に写生主義を信奉しているけれども、芭蕉や蕪村の作品には、単純な写生主義の句が極めて尠く、名句の中には殆んどない事実を、深く反省