후리가나로 읽는 일본 고전
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ちゅうせいのぶんがくでんとう
中世の文学伝統
風巻 景次郎
風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면
庭をほめるにも、床の間の軸をほめるにも、挨拶をかわすにも、茶を飲むにも、すべてが型に定められたものがあるように、作歌もすべて法式の外に出てはならず、個人の自由な感じを出すことは避けねばならぬ第一の条件となる。こうしたところでは、ちょうど茶をのむことや、人々との会席の振舞やに芸術を創めるのでなくて、茶の湯を嗜むことが一つの風流であるように、歌を作ることにおいて文芸作品を創造するのでなくて、歌を嗜むことが一つの風流であると見られるようにならなければなるまい。そして為世の態度は全くそれであった。為世の女贈従三位為子腹の宗良親王は『新葉集』の撰者、吉野朝の柱石であられるが、それに親近して吉野朝の右大臣まで昇った花山院長親の『耕雲口伝』に次の一文がある、
肝要はたゞ数寄の志一つなり。京極中納言(定家の事)以来、御子左の一門此道の宗匠なり。彼の家には、達者と数寄とをならぶるに、達者よりは数寄の人を執する由、故おとどは語り給ひしなり。
故おとどは宗良親王の外祖父大納言為世である。しかしこれは少くも為世の嘘であろう。定家は数寄の心がなく、歌会の雅遊を風流としてたのしめないから頑固で駄目だと後鳥羽院が『御口伝』