후리가나로 읽는 일본 고전
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ちゅうせいのぶんがくでんとう
中世の文学伝統
風巻 景次郎
風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면
そこで、正徹と尭孝との対立は定家卿のかつぎ方の対立となってきたのである。
ここで諸君は、はるか前に定家について私の述べて置いたところを回顧していただきたい。(第五・六・九・十節)。そのとき私は、『新古今集』をえらび、家集の『拾遺愚草』の歌の大部分を作ったまでの定家と、その後、『二四代集』を編み、歌学書を書き、『新勅撰集』を撰んだ頃の定家とでは、その歌の撰び方、歌に対する考えが違ってきているのだと述べたのであった。今や定家のかつぎ比べがはじまるに当って、右の違いがまざまざと取り上げられてきたのであった。
勿論この対立はすでに了俊・頓阿のときにはっきりきざしていた。というのは、了俊は「為相・為秀卿の歌は、たとへば悪きにて侍れども、心を高くかけ給ひて、新古今の風体をも学び給ふべければ……」(『弁要抄』)といって冷泉派の歌風が正しいのは『新古今』を学ぶからだといっており、正徹も全くそれと同じ立場を継いで「拾遺愚草・新古今などや常に見習ふべきものにはよく侍るべき」(『東野州聞書』)と、東常縁の質問に対して対えているのである。正徹はたとえ自から「定家宗」といっても、それは『新古今』