일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ちゅうせいのぶんがくでんとう

中世の文学伝統

風巻 景次郎

風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면

아오조라 문고

常縁の父左衛門尉下野守益之は正徹と交りがあったので正徹に学んだ。しかし家が二条派だったので尭孝に学び、ついに専ら尭孝の門に入った。宝徳二年五十歳頃からのことである。兄氏教に子がなかったので宝徳三年五十一で東氏を継ぎ、下野守となった。東野州と呼ばれる所以である。その後千葉氏の内乱のため東荘へ下ったりしている頃尭孝・正徹ともに世を去り、その後応仁乱(六十七歳)の始まるまで十数年はその円熟の時代である。門人に有名な連歌師宗祇ができた。応仁二年将軍の近臣斎藤妙椿が、乱の紛れに東氏の先祖が拝領した美濃国山田荘を横領したので、常縁は頗る悲しんで一首の歌を詠じたのが妙椿に伝わり、同情を得て取り返すことができた。その後薙髪して素伝といい、多く小田荘郡上城にいた。文明三年宗祇に『古今集』の註解について口伝をした。これが古今伝授のはじまりである。その後、摂関将軍家に出入したが、明応三年九十四歳を以て世を去った。『東野州聞書』『東野州消息』『東野州家集』『東野州拾唾』(『拾遺愚草』の抄註)『新古今集抄』などがある。

宗祇は文明三年東常縁から『古今集』の口伝を受けて、古今伝授がここに始まるとされている。