후리가나로 읽는 일본 고전
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にさんのさんめいについて
二、三の山名について
木暮 理太郎
木暮 理太郎의 二、三の山名について(にさんのさんめいについて)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 28,599자 · 57화면
尤も此当時は未だ水田を作る迄に農業が進歩していたとも思われぬので、耕地は畑に限られ、居住地は山寄りの水害の患なき場所であったろう。そしてチアム民族は狩猟よりも農業に重きを置き、アイヌは殆んど農業を知らぬ民族であるから、両者の間に激しい闘争は起らなかったであろう。
月山は月読尊を祭った為の名であるが、鳥海山の名は古書に見えず、唯大物忌神とのみ記されていた。其名がものに見えた初めは蕨岡の社の鰐口の銘で、
奉懸鳥海山和仁口一口
右意趣者萩原守重息災延命
加右故
暦応五年壬午七月廿六日 白
とあり、『風土略記』には
大物忌の神山を土俗北の山といふ。鳥海山以前の号にや。
と記し、又
庄内村々夏月参詣の為に講を結び御北講といふ。
とあるのみである。暦応は北朝の年号で、その五年は後村上天皇の興国三年に当り、四月二十八日に康永と改元されている。夫が七月になっても遠国の出羽迄は知れなかったものと見える。兎もあれ南北朝頃には鳥海山と呼ばれるようになったことは確であるけれども、何故に鳥海と呼ばれたのか、信を措くに足る説を知らない。或は鳥海氏が蕨岡の社に勢力を張るに及びて、霊鳥に仮託して縁起を説き、山を鳥海と唱えしむるに至ったのかも測られないが、今は暫く疑問の儘にして他日の調査に待つことにする。