후리가나로 읽는 일본 고전
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「こりゅうきゅう」
古琉球
伊波 普猷
伊波 普猷의 古琉球(「こりゅうきゅう」)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 29,421자 · 61화면
向象賢死後の沖縄はトントン拍子で向象賢が指定した方向へ進んだのでございます。向象賢の死後日本との交通は頗る頻繁となり、王子や貴族の年毎に薩摩や江戸に出かけるのが多くなり、支那との往来も昔のように続けられて、親方や官生の支那に行くのも少くはなかった。そうして当時沖縄人が朝聘観風する所の両国を見るに、一方は八代将軍幕府中興の時にして、他方は清の聖祖が兵乱を平げて文学を奨励するの秋であった。なかんずく江戸及び北京の文運が将に花を開こうとした頃には、自家もまた古今未曾有の黄金時代に到達していたのでございます。これやがて両国の文明が海南の小王国に於て相調和したのである。沖縄ではこの時ほど沢山の人物を出した例はありませぬ。沖縄で古今独歩の政治家と呼ばれる具志頭親方蔡温も、沖縄で儒学を盛にした名護親方程順則も、沖縄ではじめて劇詩を作った玉城親雲上向受祐(朝薫)も、『苔の下』、『若草物語』、『万歳』、『貧家記』などを物した平敷屋朝敏も、仲島のよしや、恩納なべ等の女詩人も、この時代に輩出致しました。久米村の方にも無数の漢詩人が輩出致しました。恩納なべが、
波の声もとまれ、風の声もとまれ、首里天加那志、みおんき拝ま。