일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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やまのこんじゃく

山の今昔

木暮 理太郎

木暮 理太郎의 山の今昔(やまのこんじゃく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 21,554자 · 42화면

아오조라 문고

山崎直方博士の白馬岳の氷河遺跡に関する講演が斯界に投げられた種となったのであった。此論争は後までも続いて、次第に登山者の注意を惹くようになった。

南アルプスは北アルプスと殆ど同時に邦人によりて初めて跋渉されている。即ち赤石岳は明治十二年八月内務省地理局の測量方であった梨羽、寺沢の両氏、十四年には巳和、荒木、吉田の三氏によりて登られ、十五年には横山又次郎教授の一行三名が地質調査の為、戸台より入りて野呂川の谷沿いに奈良田に出で、新倉からデンツク峠を踰えて大河原に出た。十七年には原田豊吉博士と鳳凰山に登りて雨畑に至り、小河内に踰えている。ナウマン氏が赤石に登ったのは十六年で、翌年中島謙造氏は横山氏等と同時に出発して赤石に登り、大井川に下って谷筋を千頭に出で、千頭から更に遠山に踰えたのであった。

明治三十九年は日本山岳会が其時は単に山岳会と称して設立され、四百余名の会員を擁して、機関雑誌『山岳』の創刊号を発行した年である。これが刺戟となって各高等学校、専門学校、大学等に山岳部が新設され、以後殆ど十五年間に亙りて、登山界は頓に活躍を示し、日本アルプス夏山登攀の新記録が続々として作られた。