후리가나로 읽는 일본 고전
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いわゆるひひょうの「かがくせい」についてのこうさつ
所謂批評の「科学性」についての考察
戸坂 潤
戸坂 潤의 所謂批評の「科学性」についての考察(いわゆるひひょうの「かがくせい」についてのこうさつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 10,581자 · 21화면
あるが、氏のような批評家がこういう当てずっぽうを書くのも、今云ったような「科学的批評」についての常識が余波として残っていることの、参考資料になることだ。
実を云うと、科学的批評という観念は、之をくさす人にとっても、之を提唱する人によっても、思ったほどハッキリしていないのではないかと思われる。批評が科学的であるとはどういうことなのか、批評の科学性とは何か。社会的認識とか、所謂思想性とか、社会科学的公式とか、芸術史的考察とか、そういうものらしいものがあれば科学的で、なければ科学的でない、とでも云うような、極めていい加減な観念ではなかったろうか。科学的な批評でないと云って非難する時もそうだが、又科学的批評だと云って非難される時もそうだ。更に又、科学的批評一向「科学的」でない、と云って皮肉る場合もそうだ。世間では何によらず科学的であるということが、即ち公式主義的であるとでもいうような、周章てた常識が横行している。こういう常識にかかると、科学的批評とは即ち公式主義的批評だということになりそうだ。事実、所謂括弧づきの「印象批評」が存在すると同時に、之に劣らず括弧づきの所謂「科学的批評」