후리가나로 읽는 일본 고전
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ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく
文化史上より見たる日本の数学
三上 義夫
三上 義夫의 文化史上より見たる日本の数学(ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 96,999자 · 192화면
和田寧は学力造詣がはなはだ優れていたにかかわらず、酒ばかり飲んで生計にも追われ、算学の外に手習いの師匠をもしたほどであり、発明術を売って酒に替えたともいわれている。この故に当時の諸大家はこの人について伝授を受けたものも多く、またこれを基礎として研究を進め、従って和田寧の円理は比較的容易に諸方に広められた。その功績は偉大であるが、一般世間からはほとんど知られないのであり、天保十一年(一八四〇)に没した時のごときも、諸算家すらも顧みないほどの気の毒な有り様であった。これに反して内田五観、長谷川寛等のごときは著述もあるし、特に長谷川は良教科書『算法新書』(文政十三年、一八三〇)を刊行して、名声隆々たるものであった。この事情から見ても純学者は孤立するに反して、数学教育家がはるかに世間の受けがよいものであることが思われる。
この時代には和田や内田、長谷川等は江戸にいるが、しかし諸地方でも諸大家が多く輩出して上州の斎藤父子、熊本の牛島盛庸等のごときは、すこぶる見るべきものがあった。これには諸藩で藩校を置き、数学の教授も行われることになったことに関係があるが、また今いう斎藤父子でも江戸の長谷川でも武士階級の人ではないのであり、民間から有力な算家が出ることにもなったのである。