후리가나로 읽는 일본 고전
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ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく
文化史上より見たる日本の数学
三上 義夫
三上 義夫의 文化史上より見たる日本の数学(ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 96,999자 · 192화면
〈十一 和算と社会〉
仇討に苦心を積んだのも芸術の大きなものであった。和算の開発上にもその同じ精神が、著しく趣味的に現われて、良好な成果を結ばないでは済まないのであった。ここにおいて私は和算史の全般をもって、一大芸術の展開であったと見ないではいられないのである。和算が実用を離れて、芸術的趣味的に発達したのは、武士という比較的に閑散な階級が存在し、この閑散な武士階級を中心として開拓されたことにもよるけれども、さらに、一層根本的に芸術的精神の旺盛なものが働いたのではないかと思われる。しかしながら和算は主として武士階級を中心に消費経済の都会であった江戸の産物であるのに対し、実験的科学らしいものが、西方から起きて来たという著しい事実があるのは、その点からは経済的生活の反映があったと認めなければならぬのも、またもちろんである。
〈十一 和算と社会〉
関孝和が江戸から出て和算を創始した時代に当たり、貞享の改暦をよくした渋川春海は、近畿の人であった。寛政の改暦は大阪の暦学者高橋至時及び間重富が徴せられて、これをよくし得たのである。初め豊後の人麻田剛立は脱藩して大阪に来り、医を業として生計を立てつつ、暦術星学の研究に専念した。