후리가나로 읽는 일본 고전
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ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく
文化史上より見たる日本の数学
三上 義夫
三上 義夫의 文化史上より見たる日本の数学(ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 96,999자 · 192화면
二十二 和算研究の中心地
久留米侯有馬頼※(「彳+童」、第4水準2-12-25)は自身も立派な数学者であり、また藤田貞資のごとき大家を抱えなどしたが、その後久留米藩ではあまり数学が引き続いて重んぜられた様子もないし、日向延岡の内藤侯も数学に通じ、久留島、松永の両大家を抱えてもいるし、久留島は延岡に下って教授をしていたこともあるが、次の代には何等数学に関する事項は知られなくなり、後には数学の振るわざること他藩と毫もえらぶところがなかった。九州はいったいに実利的の精神が盛んであって、たといこの二藩におけるごとく一時は奨励があっても和算のごとき非実用的のものは永続発展し得なかったと見える。
二十二 和算研究の中心地
和算は毛利重能から始まるのであって、毛利は京都で教授した。吉田、高原、今村等は毛利の門下から出る。その当時はもとより京都が中心地である。その後にも京都に幾らも人物があり、大和郡山にも『改算記』の著者が出る。次いで大阪に島田尚政がおり、大阪で宅間流が発達する。京都には中根元圭の一派がある。
しかし京都または京阪地方が和算研究の中心地であったというのは長い間のことではない。