후리가나로 읽는 일본 고전
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ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく
文化史上より見たる日本の数学
三上 義夫
三上 義夫의 文化史上より見たる日本の数学(ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 96,999자 · 192화면
中心はたちまち江戸に移る。別して関孝和が江戸におって日本の数学は著しく発達することになったのである。これからは江戸が和算の発達の中心になって、江戸が一番多くの大家を輩出させたところである。諸地方に幾多の人物が出ても、地方におっては大なる勢力を他に及ぼすことはできないばかりでなく、江戸にいた人達に比して人数においても業績においてもはるかに劣り、和算上の業績中目星しいものは大概は江戸でできたらしい。
大阪あたりには宅間流があり、京都には中根の一派がおり、金沢には大阪の関係から起こった三池流があり、紀州には小川流があり、後には大阪で武田、福田等が覇を称えているし、京阪地方から出た和算家の総数はかなりに多人数であるようだけれど、これら諸家はもちろん幾多の研究もあり幾多の業績もあげているには相違ないが、江戸の和算に比べては決して同日の談でないのである。江戸は一旦中心になってから和算の終末に至るまで終始その中心勢力たる地歩を失わなかった。
江戸が和算研究の中心になるのは、和算は主として武士階級の間に起こったもので、江戸には諸国の武士が多く集まり、江戸の武士は閑散であり、また江戸では修学上の便宜が多いから、自然に江戸が中心地として続くことができたのである。