후리가나로 읽는 일본 고전
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がくもんのどくりつ
福沢諭吉教育論集
福沢 諭吉
福沢 諭吉의 福沢諭吉教育論集(がくもんのどくりつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 97,278자 · 197화면
たとえば、儒者が易経を講ずれども、ただその論理を講ずるのみにして、卜筮を弄ぶを恥ずるが如し。その仏を駁撃するはあたかも儒者流の私なれども、この私論の結果をもって惑溺を脱したるは、偶然の幸というべし。
支那の儒者も孔孟の道を尊び、日本の儒者も孔孟の書を読み、双方ともにその教の源を同じゅうして、その社会に分布したる結果において、まったく相反するは、偶然に非ずして何ぞや。けだし、支那の儒教は敵なきがゆえに、その惑溺をたくましゅうし、日本の儒教は勁敵に敵して自から警めたるものなり。かつ我が儒者はたいがい皆、武人の家に生れたる者にして、文采風流の中におのずから快活の精神を存し、よく子弟を教育してその気風を養い、全国士族以上の者は皆これに靡ざるはなし。改進の用意十分に熟したるものというべし。」云々。
右の如く、我が国上等社会の人は、無稽の幽冥説に惑溺すること、はなはだ少なしといえども、その、これに惑溺せざるは、ただ一時仏者に敵するの熱心に乗じたるものにして、天然の真理原則を推究したる知識の働に非ざるがゆえに、幽冥説に向って淡白なるほどに、物理においてもまた自から漠然たるの情あるが如し。