일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

「ぞくスウィスにっき」はっくつのしまつ

「続スウィス日記」発掘の始末

小島 烏水

小島 烏水의 「続スウィス日記」発掘の始末(「ぞくスウィスにっき」はっくつのしまつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 4,557자 · 10화면

아오조라 문고

のは、前に日本山岳会員加賀正太郎氏あり(明治四十三年八月)後に辻村伊助、近藤茂吉氏等の一行であった(地理学者、故大関久五郎氏は、大正元年九月二十四日、ユングフラウ峰に登られたということである)しかも、辻村の一行は、四千米突以上へ達したので、本朝のアルピニストにして、後にアルプスに驍名を馳せられた人々に、槇有恒、松方三郎、浦松佐美太郎、其他の諸氏ありと雖も、辻村等は卒先者であり、『スウィス日記』は始めて書かれた日本人の、アルプスの本であった。

『スウィス日記』に書いてある事実は、本文を読めば解ることだが、辻村は大正三年七月下旬、北の国スカンディナビヤの旅を終り、独乙から、あこがれの瑞士へ入って、恰度倫敦から巴里を経て来た近藤茂吉氏と、インタアラーケンのベルネルホッフという宿で落ち合い、登山の相談をして、七月二十九日には、準備を整え、前に加賀氏の雇われたヘスラアという案内者の外、フォイツという男をも加えて、グリンデルワルドまで車行し、当初の目的なるグロース・シュレックホルン(四〇八〇米突)の登攀にかかり、天候不良のため小舎に二泊し、八月一日の午前二時に出発、十一時半に絶頂に達し、下山の途中雪なだれに出ッこわし、三時間も要して登った