후리가나로 읽는 일본 고전
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げいじゅつとうせいぜひ
芸術統制是非
辰野 隆
辰野 隆의 芸術統制是非(げいじゅつとうせいぜひ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 3,981자 · 8화면
第一、展覧会などは要するに一番角力の出たとこ勝負だ。その審査は出品画家の無限の収容を制限する点においてのみ有意義で、画家の本質を決定し得る性質のものではないのだから、いかにたびたび入選しても、持続的の自由や特権が与えらるべきではない。むしろ、それほど旨くもないのに、展覧会だけはいつも入選する画家があったら、かえって軽蔑されていいだろう。
そもそも、芸術家は何らかの形式において、パトロナアジュがなければ、やって行けないのだろうか。古来、雅典においても、羅馬においても、巴里においても、芸術は往々にして、君主や貴族の庇護の下に栄えた歴史はある。ことに仏蘭西十七世紀の文学者達はルイ大王の庇護救援に浴したもっともいちじるしき実例だろう。批評家ブリュンチェエルは特にその点を指摘して次の言をなした。
『……この二十九歳の王ほど、その人民に服従せられ、その競争者より、崇拝せられ、畏怖せられ、羨望せられた者はなかった。――いわゆる「文人」までが他のものと同様に、王を褒めたこと、しかしてまた他のものと同様に彼らまでが王の下に服従したことと、彼らがすべてあたかも自然の不可抗の引力の中心に引き寄せられるように、この旭日の方に引かれたということ、を我らは驚かぬ。