후리가나로 읽는 일본 고전
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しのげんり
詩の原理
萩原 朔太郎
萩原 朔太郎의 詩の原理(しのげんり)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 153,641자 · 305화면
著者はかつて「郷土望景詩」の或る詩篇で、一種の自己流な漢文調から、独逸語に似た詩韻を出そうと試みた。
かくの如く日本語は、本質的に非叙事詩的な国語であって、音律に強弱がなくアクセントがない。故に日本語の詩文にあっては、西洋や支那で発育している、真の形式的な韻文学というものが、始めから全く存在されない。日本の詩歌に於ける様式は、前にも言う通り極めて非詩学的のものであって、厳正には韻文という外国語に、ぴったり適当されないほどのものだ。すくなくとも日本の詩は、西洋の「韻文」という言語がもっている特殊な修辞的なクラシズムに適応すべく、あまりに素朴で散文的に感じられる。畢竟日本の詩は、西洋派の「韻文」という語にぴったりしないで、昔から称呼される「謡いもの」に符節するのだ。
そこで「謡いもの」を韻文と言う意味なら、日本にも一種の韻文学が有るわけだ。例えば平家物語等がそうであって、これ等はその内容上から、西洋の叙事詩と類属さるべき文学だろう。しかし平家物語を韻文学として批判するには、その形式のあまりに単調一律であり、韻文価値のないことによって退屈する。あの単調な、どこまで行っても七五調を繰返している文学が、もし韻文と呼ばれるものなら、世の中に韻文ぐらい退屈なものは無かろう。