일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しゅんきんしょう

ちくま日本文学014 谷崎潤一郎

谷崎 潤一郎

谷崎 潤一郎의 ちくま日本文学014 谷崎潤一郎(しゅんきんしょう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 85,196자 · 169화면

아오조라 문고

徳川時代の狂言作者は、案外ずるく頭が働いて、観客の意識の底に潜在している微妙な心理に媚びることが巧みであったのかも知れない。この三吉の芝居なども、一方を貴族の女の児にし、一方を馬方の男の児にして、その間に、乳母であり母である上の婦人を配したところは、表面親子の情愛を扱ったものに違いないけれども、その蔭に淡い少年の恋が暗示されていなくもない。少くとも三吉の方から見れば、いかめしい大名の奥御殿に住む姫君と母とは、等しく思慕の対象になり得る。それが葛の葉の芝居では、父と子とが同じ心になって一人の母を慕うのであるが、この場合、母が狐であると云う仕組みは、一層見る人の空想を甘くする。自分はいつも、もしあの芝居のように自分の母が狐であってくれたらばと思って、どんなに安倍の童子を羨んだか知れない。なぜなら母が人間であったら、もうこの世で会える望みはないけれども、狐が人間に化けたのであるなら、いつか再び母の姿を仮りて現れない限りもない。母のない子供があの芝居を見れば、きっと誰でもそんな感じを抱くであろう。が、千本桜の道行になると、母―――狐―――美女―――恋人―――と云う連想がもっと密接である。