일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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わがははをおもう

わが母をおもう

宮本 百合子

宮本 百合子의 わが母をおもう(わがははをおもう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 3,398자 · 7화면

아오조라 문고

母中條葭江は、明治八年頃東京築地で生れ、五十九歳で没しました。母の実家というのは西村と申し、千葉の佐倉宗五郎の伝説で知られている堀田藩の士で、祖父の代は次男だったので、武術の代りに好きな学問でもやれと言って国学、漢学、蘭学などを専門にやっていたらしい様子です。

経済的には貧乏であったらしい話で、明治政府に勤めるようになってから、祖父は金モール服で宮中へ参内し、娘である若い母は人力車で華族女学校へ通っていながら、体格検査の時栄養不良という評をもらった程であったと、よく私に話した事がありました。

祖父はよく言えば潔白な性格であり、他の方面からいえば小心な人で、政治的手腕というものは欠けていたように思います。ですから伊藤内閣の時代には所謂正義派で、その生涯では大した金も残さず、しかもその僅かの財産も、没後は後継の人の非生産的な生活や、いろいろな家族内の紛糾のために何も無くなって、母は晩年、自分の少女時代の思い出のある土地の上に、雑草の生えるのを見て亡くなりました。

結婚等の問題についても、母は当時の若い娘としていろいろの苦労や闘争をして来たらしい。何しろ明治二十九年三十年代は日清戦争で、日本の経済事情が大きな変化をうけた時であり、一時いわゆる官員様といわれて、官僚全盛時代であったものが、新しく擡頭した金持、