일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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デカルトてつがくについて

デカルト哲学について

西田 幾多郎

西田 幾多郎의 デカルト哲学について(デカルトてつがくについて)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 19,032자 · 38화면

아오조라 문고

実在そのものを問題としたのではない。実在の考え方はギリシヤ的なるものを出なかった。中世哲学の実在はキリスト的・ギリシヤ的であったということができる。中世的世界が行詰って近世科学の時代に入った時、自己表現的なる歴史的実在の世界は、自己自身に返って新なる哲学の出立点を求めた。中世において人格的に自覚した歴史的実在の世界は、更に自然的自覚を求めて来たともいい得る。我々の自己は、そこに深く自己自身の根柢に返って、新なる実在の把握を求めた。これがデカルト哲学の課題であった。デカルトの世界は近世科学の世界であった。しかしデカルト哲学には、デカルトからライプニッツに至るまでも、なお背後に中世哲学的なものがあった。神と自己との関係において、何処までも不徹底である。私はカント哲学に至って、純粋な科学の哲学に入ったと思う。カント哲学は科学的自己の自覚の哲学である。しかし単なる科学の世界は、自己自身によってあり自己自身を限定する真実在の世界ではない、真の具体的実在の世界ではない。最初にいった如く、カントはこの問題を打切ったに過ぎない。実践といっても、そこからでは形式的規範が考えられるだけである。