일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ちゅうせいのぶんがくでんとう

中世の文学伝統

風巻 景次郎

風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면

아오조라 문고

翌承久元年正月二十七日、前夜から雪であったが、鶴ヶ岡八幡宮に右大臣の拝賀の式を行う夜更け、帰るさを別当公暁のために弑せられた。公暁は頼家の遺子であるが、実朝は父の敵であるとそそのかされて決行したものの、それはまた将軍弑逆の謀叛人という名儀でほろぼされた。清和源氏の正統はここに絶えた。

十三歳の十二月、後の内大臣坊門信清の女が北の方となって下ったときから、京都趣味は実朝の身辺にあったが、もともとは実朝の胸の中にあった風雅心である。十四の年から和歌を作りはじめる。そして、十八の年、承元三年、三十首の歌を京へ送って添削を求めた。これが定家と実朝との関係のはじめである。

二十二歳、建暦三年十一月、定家は家重代の宝であった『万葉集』を献じたので、実朝は非常に喜んで、握玩措かなかったことが『吾妻鏡』に見えている。そして十二月に『金槐集』が出来た。

『金槐集』は実朝の歌集である。槐は支那の古代に三公のしるしとして殿前に植えた木で、大臣を意味する。金は鎌倉の鎌の篇を取ったのであろう。だから鎌倉右大臣家集の意である。これまでながく、『金槐集』は実朝一生の作と思われていたが、金沢の松岡氏蔵の定家所伝の『金槐集』