후리가나로 읽는 일본 고전
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ちゅうせいのぶんがくでんとう
中世の文学伝統
風巻 景次郎
風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면
『拾遺愚草』中心の定家主義に対して、『新勅撰』『百人一首』『秀歌大体』『秀歌大略』中心の定家主義が打ち立てられたことである。明応八年の『仮寝能寸佐美』にも、
問云、如何やうの歌を本として学ぶべきぞや。
答、同卿(定家)の作百人一首これを本となすべきにこそ。……総じて此道は、代を治め民を導く教戒の端たり。しかれば実を根本にして、花を枝葉になすべき事也。それを新古今の頃の作者、ひとへに花をとり、実を捨てて見ゆるを、定家卿かなしびて、此抄をしたため給ふとぞ。
とある。宗祇が古今伝授を受けた頃以後の二条派の通説になっているのである。ここで思い当るのは、一度引用したように、やはり同じ頃、一条兼良が作った『古今集童蒙抄』(文明八年成る)に「歌の道に於きては、定家卿の説をはなれては、すこぶる傍若無人也」とある言葉であって、正徹・尭孝の対立以後になると、とにかく定家主義が一般に行われるようになってきているらしいのである。宗祇の態度などは、それに十分善処しながら、歌風の上ではあくまで京極・冷泉末流の、ことに正徹の新古今風に対し、二条派の草庵体を護ったものにほかならぬのである。