일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ちゅうせいのぶんがくでんとう

中世の文学伝統

風巻 景次郎

風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면

아오조라 문고

俊成も本来そういう歌人の一人であったのだ。折口博士の修辞学にまなぶならば、「隠者文芸」はこの時代の文芸の、非常に重要な一部をなしている。というよりは、隠者文芸によって最も美しく悲しい成熟を見せているのである。『千載集』の風体はそうした隠者文芸的地盤の上に支えられている。もちろん俊成という一個人の心を通してであるが、『千載集』のしめしているものは一個人の性癖にとどまるものではなくて、もっと普遍性のある時代の傾向であったのである。逆にいえば、時代の傾向は俊成の仕事によって、はじめて鮮明な姿をとることが出来たといってもよいであろう。

俊成ははじめ顕広といった。恐らく若い頃一町葉室顕頼の養子となったためであろう。今見るところでは二十二歳のときの歌が残っている。二十五歳のとき、保延四年、和泉前司道経になかだちを頼み、藤原基俊の弟子となった。基俊は康治元年に世を去ったから、足かけ五年の間であった。『新撰朗詠集』の撰者でもあり、『金葉集』の撰者源俊頼と対立して下らなかった人。顕広はむしろ俊頼の歌風を好んだが、十六歳の頃すでに世を去っていたから、基俊につくのほかなかった。