일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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だいぼさつとうげ

大菩薩峠10

中里 介山

中里 介山의 大菩薩峠10(だいぼさつとうげ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 285,635자 · 558화면

아오조라 문고

江戸の女の持つ情味というものは、小さな挿絵一つにも漂わぬということはない。芳年以後に、巧拙はとにかく、あれだけ江戸の女の情味というものを含ませた絵をかき得るものはない。この点においても、芳年が最後のものかも知れない。

転じて大正年間、生存の美人画家……芳年系統の鏑木清方、京都の上村松園、いずれも腕はたしかで、美しい人を描くには描くが、その美人には良否共に、魅力と、熱が乏しい。

その点に至ると、北野恒富の官能的魅惑の盛んなるには及ばない。

新進で、国画創作会の甲斐荘楠音が、また一種の魅惑ある女を描くことにおいて、異彩ある筆を持っている。あの時の展覧会で見た三井万里の江島がなかなかよかった。

挿絵の方では、永洗系統の井川洗が、十年一日の如く、万人向きの美人を描いて、あきもあかれもせぬところは、これまた一つの力であり、年英門下の英朋は、美人を描くことにおいては、洗※(「厂+圭」、第3水準1-14-82)より上かも知れないが、その美人は、愛嬌がなくてつめたい。近藤紫雲の美人にも、なかなか食いつきのいいのがある――

七兵衛は際限なく、浮世絵の過去と将来を論じているわけでもなんでもないのですが、相変らず例の一枚絵をながめているものですから、そんなふうにも見えるので、人は往々、物をいい、手を動かすと、すっかりボロの