후리가나로 읽는 일본 고전
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じょにかえてじんせいかんじょうのしぜんしゅぎをろんず
序に代えて人生観上の自然主義を論ず
島村 抱月
島村 抱月의 序に代えて人生観上の自然主義を論ず(じょにかえてじんせいかんじょうのしぜんしゅぎをろんず)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 5,453자 · 11화면
六
もしそうなら、世を挙げて懺悔の時代なのかも知れぬ。虚偽を去り矯飾を忘れて、痛切に自家の現状を見よ、見て而してこれを真摯に告白せよ。この以上適当な題言は今の世にないのでないか。この意味で今は懺悔の時代である。あるいは人間は永久にわたって懺悔の時代以上に超越するを得ないものかも知れぬ。
以上を私が現在において為し得る人生観論の程度であるとすれば、そこに芸術上のいわゆる自然主義と尠なからぬ契機のあることを認める。けれども芸術上の自然主義はもっと広い。また芸術は必して直接にわれらの実行生活を指揮し整理する活動でもない。
六
余論としてここに一言を要するのは、史上にいわゆる人生観上の自然主義である。過去において明らかにかような名辞を用いたのは、私の知る限りでは、Professor W. H. Hudson のルーソー論に Naturalism in Life と言っているのなどがその最近の例である。これは言うまでもなくルーソーの「自然に還れ」「自然の人」「反文明」「反人巧」の人生観に冠した名であるが、もしこれを定限とすれば、さような人生観上の自然主義は、私に取っては疑惑内の一事実たるに止って、解決の全部とはならない。