후리가나로 읽는 일본 고전
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ししょ
戦国武士道物語 死處
山本 周五郎
山本 周五郎의 戦国武士道物語 死處(ししょ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 16,176자 · 33화면
留守城のまもりは誰しも好むところではない、まして吉信がみずから望んで出るとすれば、人びとは「いかにも降参人の望みそうなことだ」と頷くであろう、吉信はそれをよく知っていた、知っていながらあえておのれから望み出た。はたして人びとは軽侮の眼で見た、吉信はそれをもあまんじて留守をあずかったのである、彼は身命を捨てるまえにおのれの名を捨てたのだ。
「父上、信次がおろかでござりました」
「…………」
「仰せのとおり、わたくしは夏目の家名にまなこを昏まされておりました」
信次はしぼりだすように云った。
「もはや世の謗りもおそれませぬ、人の批判にも臆しませぬ、いまこそ、瓦礫のなかに無名のしかばねを曝す覚悟ができました、いまこそおのれの死處がわかりました、さきほどの過言をおゆるし下さいまし」
「わかればよし、たたかいはこれからだ、命をそまつにせまいぞ」
吉信はそう云い終ると、しずかに立ってやぐらを降りていった。
明くれば十二月二十二日。
三万余騎の軍をひっさげた武田信玄は、天龍のながれを渡って、大菩薩(浜名郡有玉村)より三方原にせまった。徳川家康は八千余をもって南よりのぼり、右翼に酒井忠次と織田の援軍との混合隊を配し、左翼に石川、小笠原、松平、本多の軍を置き、そのうしろぞなえにみずから本陣を張って鶴翼のかまえをとった。