후리가나로 읽는 일본 고전
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げさくしゃ
戯作者
国枝 史郎
国枝 史郎의 戯作者(げさくしゃ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 10,218자 · 21화면
狂歌を学んだり、橘千蔭に書を習ったりしたが、成功することは出来なかった。こうして最後に志したのが好きの道の戯作者であったが、ここに初めて京伝によってその天才を認められたのである。――馬琴この時二十四歳、そうして京伝は三十歳であった。
版元蔦屋重三郎がある日銀座の京伝の住居をさも忙しそうに訪れた。
「おおこれは耕書堂さん」
「お互いひどい目に逢いましたなア」
蔦屋は哄然と笑ったものである。
幕府施政の方針に触れ、草双紙が絶版に附せられたのは天明末年のことであった。恋川春町、芝全交、平沢喜三二と云ったような当時一流の戯作者達はこの機会に失脚し、京伝一人の天下となり大いに気持を宜くしたものであるが、寛政二年の洒落本禁止令は京伝の手足を奪ってしまった。
と云ってこれ迄売り込んだ名をみすみす葬ってしまうのは如何にも残念という所から版元蔦屋と相談した末「教訓読本」と表題を変え、内味は同じ洒落本を蔦屋の手で発行した。思惑通りの大当りで増版々々という景気であったが、果然鉄槌は天下った。利益に眩み上を畏れず下知を犯したは不届というので蔦屋は身上半減で闕所、京伝は手錠五十日と云う大きな灸をすえられたのである。