후리가나로 읽는 일본 고전
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ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく
文化史上より見たる日本の数学
三上 義夫
三上 義夫의 文化史上より見たる日本の数学(ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 96,999자 · 192화면
そうして全く江戸時代のものであった。奈良朝時代の頃にも支那の制度によって数学が教授されたこともあるが、その実行の程度は今においてこれをつまびらかにすることができない。しかもさまで行われたものではなかったらしい。鎌倉、室町の武家時代には数学に関する事蹟の知られたものも少なく、かつさまで見るべきものはなかったらしい。暦法上において一の宣明暦を採用して七、八百年という長い年期間にわたって、ついにこれを改変しなかったことからでも、その事情は充分に察し得られる。
武家時代の社会状態は、応仁乱後になると著しく変動する。旧勢力が倒れて新勢力がこれに代わり、軍事や経済生活上にも新しい活動を見る。美術も発達すれば、医学もまたその面目を一新する。この時に当たって数学もまた発達しなければなるまいと思われる。けれどもほとんどその史実に接することができない。ただ大導寺駿河守が北条氏の世子の教育に当たって、軍勢、兵粮、築城等の必要上から算用の習練から始めなければならぬと主張したということがあり、清水宗治は備中高松城で秀吉のために水攻めにせられ、切腹に際して、遺子への遺言状に算用を大切にしなければならぬことをいい、織田信長は天正七、八年頃から全国の検地に着手し、豊臣秀吉もまた遺志を継いだのであろうか、天正十三年頃から同じ事業に着手し