일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく

文化史上より見たる日本の数学

三上 義夫

三上 義夫의 文化史上より見たる日本の数学(ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 96,999자 · 192화면

아오조라 문고

三浦梅園の著書中に多少見るべきものはあるにしても、もとより例外たるに過ぎない。論理学が自発的に発達し得るためには日本人はあまりに感情的であったのである。故に一切のものが芸術として発達し、最も理智的で没感情的であるべきはずの数学までが芸術化されて現われ、数学者が相率いて詩人となるというような有り様にもなったのである。西洋でもクローネッカーやシルベスターが数学を詩歌と見なし、ヂリクレーがこれを音楽と感じたような例もあり、また数学者にして詩を作った人も稀にはあるが、和算家のごとく、その大部分が傍ら詩人であったようなことは、おそらくは絶無である。

徳川時代の日本に論理学が発達しなかったばかりでなく、日本人は元来論理思想に長じたものでないのは、今福忍氏が雑誌『東亜之光』に論ぜられた通りで、第一日本語の組織からして論理的に発達したものでない。その言葉使いが如何に非論理的であり、また何事も道理によらずして感情で判断されるかは、少しく注意を払うときは容易に認められる。

日本人の論理思想をもってして、日本の数学が証明の精神に欠如するところがあり、過誤の少なくなかったというのはもとより当然のことであって、それにもかかわらずあれだけの結果を得たのは、芸術的気分に支配されたことがあずかって力なきものでなかったであろう。