후리가나로 읽는 일본 고전
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えいがのふきゅうりょくとは
映画の普及力とは
伊丹 万作
伊丹 万作의 映画の普及力とは(えいがのふきゅうりょくとは)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 1,670자 · 4화면
現在の映画はまるで植物のようだ。それは歩かない。こちらが出かけて行かねばならぬ。したがつて我々病人にはまつたく無関係のものだ。
何年かまえ松竹座を除いてはまだ京都中の映画館にも映画会社にもトーキーの再生装置がなかつたとき、本願寺の大谷さんのおやしきの一隅にはちやんとトーキーの映写室がありウェスタンの再生機がすわつていた。
本願寺は寺であるが、いわゆる寺ではない。試みにその事務所をのぞいてみよ。規模からいつて大都会の市役所くらいはある。なぜこんなことを知つているかというと、私は映写室を探して迷宮のような本願寺中をさまよい歩いたのである。
こんな所にトーキーの映写室くらいあつても我々の家に犬小舎が置いてあるほどの感じしかない。しかし本願寺さんほどのクラスは日本の中に何パーセントもありはしないからトーキーというものは家庭を単位とする場合その普及率はゼロにちかい。
しかし映画は元来館を単位として成長を遂げてきたものであるから、何もわざわざ家庭の中にまで侵入して行かなくても、毎日館を掃除して待つてさえいれば老若男女がどこからともなく賽銭を持つて集まつてくる仕組みになつている。