후리가나로 읽는 일본 고전
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おけはざまのかっせん
桶狭間合戦
菊池 寛
菊池 寛의 桶狭間合戦(おけはざまのかっせん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 12,784자 · 26화면
季忠は此時二十七歳であったが、信長あわれんでその子孫を熱田の大宮司になしたと云う。前田利家はこの戦以前に信長の怒りにふれている事があったので、その償いをするのは此時と計り、直に敵の首を一つ得て見参に容れたが信長は許さない。そこで、その首を沼に投げ棄てて、更に一首をひっさげて来たが猶許されなかった。後森部の戦に一番乗りして、始めて許されたと云う。
笠寺の湯浅甚助直宗と云う拾四歳の若武者は軍の声を聞いて、じっとして居れずに信長の乗かえの馬を暫時失敬して馳せ来り敵の一士を倒して首を得たので、大喜びして信長に見せた処が、みだりに部署を離れたとて叱責された。
惟住五郎左衛門の士、安井新左衛門家元は鳴海の戦に十七騎を射落して居る。
この様に信長の将士は善戦して居るのだが、何分にも今川勢は大勢であるから正攻の戦では大局既に信長に不利である。
政次、重休、季忠三士の首が今川の本営に送られた事を善照寺に在って聞いた信長が切歯して直にその本軍をもって今川軍に向わんとしたのも無理はない。林通勝、池田信輝、柴田勝家等が、はやる馬の口を押えて「敵衆く味方少くあまつさえ路狭くて一時に多勢を押し出す事が出来ないのに、どうして正面からの戦が出来よう」