후리가나로 읽는 일본 고전
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らくになったというはなし
楽になったという話
山之口 貘
山之口 貘의 楽になったという話(らくになったというはなし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 2,208자 · 5화면
そんな風の僕をモデルにした小説が、佐藤春夫氏の「放浪三昧」なのである。その中には、次のような僕の詩が登場している。
歩き疲れては、
夜空と陸との隙間にもぐり込んで寝たのである
草に埋れて寝たのである
ところ構はず寝たのである
寝たのであるが
ねむれたのでもあつたのか!
このごろはねむれない
陸を敷いてはねむれない
夜空の下ではねむれない
揺り起されてはねむれない
この生活の柄が夏むきなのか!
寝たかとおもふと冷気にからかはれて
秋は、放浪人のままではねむれない。
というのである。まるで、朝から晩、晩から朝にかけて歩きずくめの日々だったので、従って詩の上にも足が反映している如くである。僕の足は、右の詩ばかりでなく、拙著『思弁の苑』に集まった作品どもの殆どが、一応そのどこかに足のようなものをのぞかせているようだ。頭は見えなくても、足と、へこんだ腹だけはどこかにあるかのように思われる。何しろ、屋根なしの生活をしていては、物ごとを考えるにも、食うにもそれらのこと一切を足に任せていたようなもので、足だけが生活をしていたのかも知れないのである。
左翼運動のさかんな時分であったが、そのこととは別に、僕の浮浪生活は独立していたものである。