후리가나로 읽는 일본 고전
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わたしのこどもじぶん
沖縄女性史
伊波 普猷
伊波 普猷의 沖縄女性史(わたしのこどもじぶん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 29,877자 · 60화면
四
私の同級生にはもとの首里区の徒弟学校長の島袋盛政君がいた。彼は幼少の時、私の近所で育った人で、私より一年ばかり前に首里にいったのであるが、その頃はもう首里の方言を使って、首里人と識別することが出来ないようになっていた。
このころは首里・那覇に人力車は一台もなかった。沖縄中に知事さんの車がたった一つあったばかりで、これを県令車といっていたから貴族の方々や師範中学の先生達はおおかた駕籠で往復したものだ。師範中学の先生達は土曜日になると、よく集まって酒を呑んだものだが、ほろ酔加減になると、例の駕籠を用意させて那覇に下っていくのであった。その翌年すなわち明治二十年に、首里の安慶田という人が大阪から十二台ほど人力車を取寄せて、人力車営業を始めたが、この車が通ると、沿道の人民は老幼男女を問わず、門の外に飛出して見物するのであった。これからはもう師範中学の先生達の那覇下りも楽になった。私も時々高い車賃を払ってこれに乗った。車賃は確か片路で二十六銭であったと覚えている。この時から私の変ちきりんの籠はあまり見えないようになった。
四
この年の二月、森文部大臣が沖縄の学校を視に来られた頃は、師範学校の生徒中に、断髪した者は一人もなかった。