후리가나로 읽는 일본 고전
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(わたしはさきごろ)
(私はさきごろ)
高村 光太郎
高村 光太郎의 (私はさきごろ)((わたしはさきごろ))을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 1,517자 · 3화면
彼の内なる神とはただ犯し難い自然の理法の事であり、クリストとは人間の中の人間の事であり、マリアとは母の中なる母の事であったというより外はない。彼はクリスト教オルソドックスのまっただ中に生き、至上者法王と常に顔を合せながら、彼はまったくその外側に息づいていた。彼はそれらのもののドグマをそのままには受取らず、時代の常識としての宗教に仕えるかわりにもっと別の次元に身を置いていた。美こそ彼をささえていた唯一のものであり、彼にとって一切は美の次元から照射されてはじめて腑甲斐あるものとなった。美は宗教から出る放射物であり得ず、かかる宗教とは次元を異にする別個の力であり、いわゆる宗教上のもろもろの伝説は、ただ伝説として美の世界に役立つものでしかなかった。彼は法王庁カペラ シスチナの天井に旧訳聖書を画き、正面壁画に最後の審判を画きながら、ただひたすら人間造型の美を究めようとした。自然の理法が示す比例均衡の美を人間の手に変圧して捉えようとした。美に仕えることが彼の内なる神に仕えることであった。ヴァチカン宮の宗教は殆と彼と無縁であったように見える。