후리가나로 읽는 일본 고전
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しほんたいへいき
私本太平記(五)
吉川 英治
吉川 英治의 私本太平記(五)(しほんたいへいき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 252,330자 · 505화면
そろそろと掛けて行ってその穴のあとを足では踏めなかった。病葉を掻き寄せて来て、そこらにかぶせた。
ゆらい守時最期の地は、
洲崎千代塚
と、古典にみえる。が、千代塚の名も洲崎も現地名にはない。ただ「相模風土記稿」によれば、わずかに北鎌倉の寺分、町屋の辺かと考えられるばかりである。
南条高直の戦死も、同夜の宵過ぎてはいなかった。――主将守時の死を見とどけ、直後、敵のなかへ駈け入っていたのであろう。なにしても、鎌倉の北の口はこれで突破され、越後新田党の猛兵や、堀口、大島の二隊も勢いを駆ッて、夜半にはもう山ノ内まで進出していた。
もっとも、分断された赤橋軍の残兵は、まだ藤沢街道の村岡や深沢あたりで戦っているらしくもある。夜更けるにつれ、遠く民家の焼ける火が赤かった。
しかし、ここ以外は、中軍の義貞が陣した仮粧坂方面も、右翼軍が迫った腰越、極楽寺の方にも、まだなんのうごきはなかった。ただ刻々が不気味なほどの夜半であった。
稲村ヶ崎
仮粧坂は、どの攻め口よりも、鎌倉の腹部に近い。だが、幕府もここへは大兵を当て、道には樹林を伐ッて仆すなどの万策もとっているので、ひよどり越えの故智にも出られず、