일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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がもううじさと

蒲生氏郷

幸田 露伴

幸田 露伴의 蒲生氏郷(がもううじさと)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 65,772자 · 128화면

아오조라 문고

秀吉の意を破り、家康の言を耳に入れなかった訳である。そこで此の敵の蘆名義広が、落延びたところは同盟者の佐竹義宣方であるから、佐竹が、政宗という奴はひどい奴でござる、と一切の事情を成るべく自分方に有利で政宗に不利のように秀吉や家康に通報したのは自然の勢である。これは政宗も万々合点していることだから、其年の暮には上方の富田左近将監や施薬院玄以に書を与えて、何様なものだろうと探ると、案の定一白や玄以からは、会津の蘆名は予ねてより通聘して居るのに、貴下が勝手に之を逐い落して会津を取られたことは、殿下に於て甚しく機嫌を損じていらるるところだ、と云って遣した。もう此時は秀吉は小田原の北条を屠って、所謂「天下の見懲らし」にして、そして其勢で奥羽を刃に血ぬらず整理して終おうという計画が立って居た時だから、勿論秀吉の命を受けての事だろう、前田利家や浅野長政からも、又秀吉の後たるべき三好秀次からも、明年小田原征伐の砌は兵を出して武臣の職責を尽すべきである、と云って来ている。家康から、早く帰順の意を表するようにするが御為だろう、と勧めて来ていることも勿論である。明けて天正十八年となった、正月、政宗は良覚院という者を京都へ遣った。