일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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がもううじさと

蒲生氏郷

幸田 露伴

幸田 露伴의 蒲生氏郷(がもううじさと)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 65,772자 · 128화면

아오조라 문고

天正十六年には秀吉の方から書信があり、又刀などを寄せて鷹を請うて居る。鷹は奥州の名物だが、もとより鷹は何でもない、是は秀吉の方から先手を打って、政宗を引付けようというにあったこと勿論である。秀吉の命に出たことであろう、前田利家からも通信は来ている。が、ここまでは何れにしても何でも無いことだったが、秀吉も次第に膨脹すれば政宗も次第に膨脹して、いよいよ接触すべき時が逼って来た。其年の九月には家康から使が来、又十二月には玄越というものを遣わして、関白の命を蒙って仙道の諸将との争を和睦させようと存じたが、承れば今度和議が成就した由、今後復合戦沙汰になりませぬよう有り度い、と云って来た。これは秀吉の方に政宗の国内の事情が知悉されているということを語って居るものである。まだ其時は政宗が会津を取って居たのでは無いが、徳川氏からの使の旨で秀吉の意を猜すれば、秀吉は政宗が勝手な戦をして四方を蚕食しつつ其大を成すを悦ばざること分明であることが、政宗の※中に映らぬことは無い。それでも政宗は遠慮せずに三千塚という首塚を立てる程の激しい戦をして蘆名義広を凹ませ、とうとう会津を取って終ったのが、其翌年の五月のことだ。