후리가나로 읽는 일본 고전
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しのげんり
詩の原理
萩原 朔太郎
萩原 朔太郎의 詩の原理(しのげんり)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 153,641자 · 305화면
反対に小説家は、何物に対しても客観的で、外部からの知的な観察を試みる。故にまた小説家は、詩人の住んでる「心情としての意味の」世界に這入り得ない。そこで結局、詩人には真の小説が創作されず、小説家には真の詩が作れないということになる。小説家の作った詩――彼等はよく俳句や歌を作る――は、概して観照に徹しており、修辞が凝り性に行き届いているにかかわらず、どこか或る根本のところで、詩の生命的要素を持たず、音の無い釣鐘という感がする。蓋し彼等は、詩を「心情」で作らないで、知的な「頭脳」で作るからだ。反対にまた詩人の書いた小説は、観照が主観の靄でかすんでいるため、どこか感じが生ぬるく、真の小説的現実感に徹しない。
かく考えれば詩人と小説家との一致点は、人生観に於ける本質の「詩」だけであって、芸術家としての態度に於ては、全然素質のちがうことが解るであろう。小説の立場は、人生の真実をレアリスチックに見ようとするのであるから、すくなくとも観照上では、主観的なセンチメントを一切排斥せねばならぬ。この点で自然主義は、小説の正に小説すべき典型の規範を教えている。小説が小説たるためには、観照の形式上で、詩から遠く離れるほど好いのである。