일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

しのげんり

詩の原理

萩原 朔太郎

萩原 朔太郎의 詩の原理(しのげんり)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 153,641자 · 305화면

아오조라 문고

今日の所謂「自由詩」が、実にこの疑問から出発した。彼等は韻文の形式に窮屈して、より拘束なき自由の音楽を呼ぼうとした。しかしながら今日、自由詩は尚詩壇の「一部のもの」にすぎない。すくなくとも西洋に於ては――日本はこの際、特殊の事情によって例外する。――自由詩は全般のものでなくして、或る一部の詩人に属するもので、爾余の大半の詩人たちは、今日尚規則的なる、韻文の形式を捨てないのである。何故だろうか? 彼等の頭脳が古く頑冥な為であろうか。否。現代の最も進歩した詩人すらが、しばしば厳格なる韻律形式を固守している。かの象徴派の詩人にして、欧洲に於ける自由詩の開祖と目されるヴェルハーレンすらが、後には自由詩を廃棄して、最も形式的なる押韻詩の作家になったのである。

かく規則的なる韻律詩が、今日尚自由詩と相対立して、詩の形式を二分しているところを見ると、何等かそこには、定則韻文の有する独自の意義が感じられる。すくなくとも今日の定律詩人は、単なる因襲の慣例によって、無自覚にクラシックな韻文を書いているのではない。何等かそこには、自由詩によって満足されないところの、別の適切な表現を感じているからである。