후리가나로 읽는 일본 고전
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にんしきろんとしてのぶんげいがく
認識論としての文芸学
戸坂 潤
戸坂 潤의 認識論としての文芸学(にんしきろんとしてのぶんげいがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 9,350자 · 19화면
美学を形式的な美的情緒の問題に集中しようとするT・リップス風の偏極や、美学を美術乃至美術史に固有な因縁あるものとする日本帝大的習慣を別とすれば(尤もこうした傾向はいずれもカントの「美」の観点――それは「崇高」の観点からさえ区別されたごく極限されたものである――に由来するので、本来意味のあることだが)、今日まで多くの美学は大半芸術の論理学とも云うべきものだった。H・テーヌの芸術の社会的考察も実は芸術的価値の問題をねらっていたわけで(少なくとも『イギリス文学史』の序説はそうだ)ギュイヨーによって一応その論理学としての目的が果された(ギュイヨーは美的価値そのものが社会的な本質を有つと考える)。ただテーヌもギュイヨーも、社会に於ける階級的対立が芸術価値に及ぼす関係を充分に見抜くことが出来なかった。処で之に反してフリーチェの『芸術社会学』はとに角階級対立を中心とした芸術の社会学であったが、これも実は当然なことながら芸術の論理学を目標にしていたわけで、この点批判的に展開されて、今日のソヴェートの芸術理論となっているわけだ。之が今日の芸術の認識論に相当するものである。