일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

さっかくじがせつ

錯覚自我説

辻 潤

辻 潤의 錯覚自我説(さっかくじがせつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 3,789자 · 8화면

아오조라 문고

は極めて高遠に形而上的なる問題である。

凡そ形而上的思索とは現実的な価値から遙かに距離した物品である。われ等はパンによってのみ生きる者である。思想は決して飯の菜にさえなり得ない程に空漠たるものである。「自我」の存在の有無の如きはわれ等の生活となんのかかわるところぞ。むしろ、市会議員の選挙に狂奔するこそ有意義である。

錯覚自我説とはなにか?

錯覚自我説とは人間の自我なる意識は万有者の持てる普遍意識で個体に現われた個体意識の錯覚だという説である。

一切の存在は万有生命の惰性の表現である。宇宙は微分流動している。古谷栄一君の中に辻潤が存在し、辻潤は今これを書いている瞬間、かれの耳にしている蛙の音楽と交流している。かつてオランダの放浪哲学者はわれ等が太陽の子孫であることを説いてきかせた。人間の故郷は太陽であるという説である。かつてわれわれは太陽中に棲息していたことがあったともいえるのである。しかし、太陽は果して吾人の中に現に存在しているのである。

人間の生活は本来は無目的な生命であった。非合目的な生命であった。なん等の方針方向なるもののない生命であった。