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あのころ

あのころ

上村 松園

――幼ものがたり――

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 4,743 字 · 10 页

青空文庫

父

私が生まれたのは明治八年四月二十三日ですが、そのときには、もう父はこの世にいられなかった。

私は母の胎内にあって、父を見送っていたのであります。

「写真を撮ると寿命がない」

と言われていた時代であったので、父の面影を伝えるものは何ひとつとてない。しかし私は父にとても似ていたそうで、母はよく父のことを語るとき、

「あんたとそっくりの顔やった」

と言われたものです。それでとき折り父のことを憶うとき、私は自分の顔を鏡に映してみるのであります。

「父はこのような顔をしていなさったのであろうか」

そう呟くために。

祖父

祖父は、上村貞八といって、天保の乱を起こした大阪の町奉行大塩平八郎の血筋をひいたものであると伝えられています。

その当時はお上のせんぎがきびしかったので、そのことはひたかくしに隠して来たのだそうです。

この祖父が京都高倉三条南入ルのところに今もあるちきり屋という名代の呉服屋につとめて、永らくそこの支配人をしていましたそうです。

夏は帷子、冬はお召などを売る店として京都では一流だったそうです。

この貞八が総領息子に麩屋町六角に質店をひらかせましたが、三年目には蔵の中に品物がいっぱいになったと言われています。