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あるふゆのばんのこと
ある冬の晩のこと
小川 未明
「婦人倶楽部」1928(昭和3)年4月
N3 · 进阶 · 新字新假名 · 4,140 字 · 9 页
」
女は、急に、あたりを見まわしました。そして、だれに向かっていうとなく、
「わたしは、ほかのことを考えていたのよ、あの三味線の音も、唄も、耳に入れてはいやあしなかったわ。」と弁解して、さっさと立ち去ってしまいました。
こんどは星が、先刻から、感心して、唄を聞いている、商人ふうの男に、
「いくらでもいいから、お金をやったらどうだ……さっきから、感心しておまえさんは聞いているではないか。」といいました。
男は、はじめて自分が、そこに立っていることに気づいたというふうに、
「どうして、あの女は目がつぶれたのだろうな。こうして歌っていたって、いくらにもなるまい。俺はあいにく家に財布を忘れてきた……。」と、その男も、自分の良心をごまかしていってしまった。
さすがに、無情の吹く風ですら、人間の心のあさましさにあきれてしまったように、さも腹だたしげに、強く強く吹いて、道の上の砂塵をまいて人間を困らしてやろうとしました。空の星は、なにもかもじっと見て知っているといわぬばかりに輝いていました。
いつしか、夜は、更けていきました。人通りがだんだん少なくなりました。哀れな女の弾く三味線の音は、風に吹き消されて、唄をうたっている声は、空しく星晴れのした空の下にかすれていました。