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あるふゆのばんのこと

ある冬の晩のこと

小川 未明

「婦人倶楽部」1928(昭和3)年4月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 4,140 字 · 9 页

青空文庫

女は、そろそろ帰るしたくにとりかかったのです。そして、軽い財布を握って、つくづくと悲しくなりました。

「私は目が見えないのです。だから、ほかにする仕事も見つかりません。こうして、未熟な三味線を弾いて、人さまに聞かして、いくらかなりとお金をもらおうと思うのでありますが、だれも、見返るものがない。考えれば、それがほんとうなのかもしれません。しかし、私は、この世の中の情けある人さまの救いにすがらなければ、この身でどうして暮らしてゆくことができましょう……。」と、見えない目で空を仰ぎながら、訴えたのでした。寒い風に吹かれながら、彼女は、とぼとぼと暗い道を、三味線を抱えて帰ってゆきました。町の中は、だいぶ静まってしまった。このとき、道の傍から、小さな足音がして、少女が走り出ました。

「おばさん、おばさん。」といって、彼女を呼び止めるのでした。彼女は、いろいろのことを頭の中に考えていたが、その声を聞きつけると、自分を呼んでいるのだなと思って、立ち止まったのであります。

「どなたですか。」と、彼女は見えない目をその方に向けました。少女の声には、聞き覚えがなかったのでありました。