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あるこうぎしょ

ある抗議書

菊池 寛

「中央公論」中央公論社、1919(大正8)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,272 字 · 34 页

青空文庫

九人の被害者の為には、四十人五十人の肉親の者が親なり子なり兄弟なり姉妹なりを殺された無念の涙に咽んで居る筈です。生命を奪われると云うことも人生の悲惨事には相違ありません。が、肉親の父なり母なり子なり兄弟姉妹なりを、なんの罪なくして絞殺され斬殺されるのを見、それから受けた怖ろしい激動を、生涯持ち続けて行くと云うことも、同様に人生の悲惨事であります。殺人の場合、被害者は単に殺された当人だけではありません。その被害者の親なり手なり兄弟なり姉妹なりは命こそ奪われないが、精神的には恐ろしい打撃を受けるのです。坂下鶴吉が殺したのは、僅か九人かも知れません。が、彼の兇悪な所業の為に苦しんで居るのは、私達親子の者ばかりではありますまい。そうした点から、考えて行くと、死刑などと云うことは軽すぎる位、軽いと思います。九つの命と一つの命。私は数学的な数の点からだけ云うのではありません。坂下鶴吉が宣告の日から、処刑の日迄、獄中でどんなに苦悶しても、彼の為に苦しんで居る数多くの人達の感情の十分の一をも、償うことは出来ますまい。殊に、不当に絞殺され不当に斬殺された被害者達の末期の無念と苦悶との百分の一をも償うには足りますまい。