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あるおんせんのゆらい

ある温泉の由来

佐々木 邦

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,655 字 · 30 页

青空文庫

「早という字の亀がもう二三十いるぜ」

「小というのはもっと多い。僕のは彫り好いから」

「万年生きるか何うか? 標識だ」

「少くとも来年まで生きているか何うか分るだろう」

荒神風呂にも亀が多い。川のが上って来ると見えて、早の字と小の字が仲よくノコ/\歩いていることがある。

「君、何うしてこゝにばかり亀がいるんだろうかね?」

と早川君が或時疑問を起した。

「この川には何処にでもいるんじゃないか?」

「いや、彼方此方出歩くけれど、この辺が一番多い。荒神風呂が亀の陣屋らしい」

「この沢や荒神様の祠のあたりで冬を越すんだ。悉皆集まってしまうよ」

「親父が古い本を調べているんだ。荒神風呂に亀集い、鶴も巣籠る峯の松と書いてあるそうだ。それから荒神風呂って名前が不思議だと言っている」

「それは僕のところが本家だから、代々考えているけれど、未だ本当のことが分らない。まあ/\、荒神様の入る風呂だろう。昔の信心者のつけた名前と思われる」

「これはもっと科学的に研究して見る値打があるよ」

「伝統的にだろう。科学的には分っている。涌き水が流れていて温いから、亀がやって来て冬を越すのさ」

と、これは僕の父親の解釈だった。