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いしがおごる

いしが奢る

山本 周五郎

「サンデー毎日臨時増刊仲秋特別号」毎日新聞出版、1952(昭和27)年10月19日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,304 字 · 45 页

青空文庫

一

一

六月中旬のある日、まだ降り惜しんでいる梅雨のなかを、本信保馬が江戸から到着した。

保馬は江戸邸の次席家老の子で、その名は国許でもかなりまえから知られていた。俊才で美男で、学問も群を抜いているし、柳生道場では三傑の一という、誂えたような評判であった。こんど来た目的がなんであるかは公表されなかった。じつは勘定吟味役だという説もあり、嫁えらびだという噂もあった。勘定吟味役だというのは限られた一部の説であったが、慥かな筋から出た情報のように云われた。そのためであろう、保馬が亀岡の宿所にはいると、旅装を解くよりも早く、いろいろな客が挨拶に来た。多くは藩の用達をはじめ商人たちであったが、各役所からの使者も少なくなかった。――勘定吟味役は(いうまでもないだろうが)現今の会計監査官に当り、それよりもさらに広範囲の権限をもっていた。またそのときは藩の財政が極度にゆき詰って、政策の大きな転換が予想されていたから、挨拶に来る人たちの「挨拶」の内容も単純ではなく、それぞれがなんらかの意味を含むものであった。保馬はかれらには会わなかった。保馬の供をして来た仲田千之助と堀勘兵衛とが応待に出た。