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うすゆきしょう
うすゆき抄
久生 十蘭
「オール讀物」1952(昭和27)年1月号~3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,454 字 · 59 页
お前に敵なぞあったのか」
「父上にはご老耄と見えます。先年、紀州貝塚で風摩の里カマリに逢い、叔父御やら甥やら、生きながら焼き殺されたことをお忘れですか。敵といっても、これ以上のものはないはず」
「それはそうだが、よもや貴様が風摩小太郎を」
「討ち果したと申しました」
朝夕、湯壺で全身に刀傷のある老人と出逢う。なにしろすさまじいばかりの手傷なので、どれほどの武功のあった士かと、宿のものにたずねてみると、あれこそは風摩小太郎と、そっとおしえてくれた。
貝塚の一条は、子供心にも口惜しく思っていたが、逢うはずもない仇敵にこんなところでめぐりあったのは、討てという天慮にちがいない。風摩小太郎というのはどんな鬼かと思っていたら、六十ばかりのよぼけ爺で、右足の筋を切られて杖にすがって歩いている。子供と思って眼端にもかけないふうだから、隙を見て討ちとってやろうとつけねらっていると、毎晩、夜中すぎに一人で湯壺に行くことがわかったから、岩阻道で待伏せ、行きすぎたところを後からぶッ通し、そのまま谷底へ蹴込んでしまったということなのであった。
道益はおどろくより心細くなり、道長のしたり顔を眺めながら歎息をもらした。