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おばなさわ

おばな沢

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,479 字 · 45 页

青空文庫

節子は彼を見るなり胸が熱く、躯じゅうの血が音を立てて流れるような、激しい動悸を感じた。

「気のせいか少しお肥りになりましたね、お顔の色もいい、安心しました」

母が去るのを待ちかねたように、彼はこう云ってじっとこちらをみつめた。いきなり抱き緊めたいという欲望を、けんめいにがまんしているようすである。眼が涙でいっぱいになり、それをごまかすために口早に話した。

節子はなんども深い息をついた。躯の中でとつぜん火の燃えるような感じがし、それが急に氷のように冷えたりする。彼の話す声はあらゆる神経にしみわたるようで、痺れるような、うっとりするような、快い安堵のなかに節子を浸した。

「相良さまとは、この頃いかがですの」

彼の話の合間をみてこうきいた。

英之助はすぐに返辞をしなかった、雪にやけた特有の黒い顔で、ふと眉をしかめ、少しまをおいて、こちらをじっとみつめながら、

「あなたは私を信じて呉れますか」

「――だって、どうしてそんな、……節子はいつもお信じ申していますわ、どうしてそんなことをおっしゃいますの」

「信じて下さい、あなただけは」

彼はどこやら悲痛な口ぶりでこう囁いた。