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おばなさわ

おばな沢

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,479 字 · 45 页

青空文庫

それからちょっと異議が出たけれども、初め意表を突かれたのと、こちらの決心の固いのを察したらしく、わりかたすらすらと望みをいれて呉れた。

同伴といっても兄は役目の出張なので、途中はうしろから離れてゆかなければならない。節子は駕籠に乗り、下女と二人の下男が供に附いて、まだほの暗いうちにでかけ、先に城下はずれへいって待っていた。

――幸い好天気で、暖かないい日和だった、野道にかかると麦畑がうちわたしてみえ、さかりの桜や梅や、杏子の花などが、眼の向くところに華やかな色彩を綴っていた。……城下町を流れる川の上流だという、石ころの河原の広い川を渡り、げんげの咲いている丘の上で弁当をつかい、その日はまだ昏れないうちに樫田村というところの、古めかしい庄家の家で泊った。

「どうだ疲れたか、躯の調子はいいか」

駕籠をおりるとすぐ兄がようすをみに来た、男たちだけならその日のうちにゆける、そんなところで泊るのは節子ひとりのためなのだが、泰馬は少しもそんな顔をしなかった。

「ゆっくり眠っておくんだよ、明日はもう道のりは僅かだが、山にかかるし駕籠も変るからね、薬を忘れずに飲んでおくんだぜ」